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朝日鉱泉を愛する人 其之壱

 閉鎖されていた朝日鉱泉を父が買い受け再開したのが昭和50年(1975年)、その後現在の場所へ移築なども経ながら、43年が経ちました。数え切れないほどたくさんの方が朝日鉱泉に泊まり、思い思いの時間を過ごしていきました。ありがたいことに今でもたくさんの方が毎年、また何年か振りになど、朝日鉱泉へ訪れ泊っていただいています。

 今回お話しさせていただく方は、途中間は空いたものの、初めて朝日鉱泉に来てから約40年という、本当に長い間朝日鉱泉に通っていただいている釣りとお酒と朝日鉱泉をこよなく愛している方です。

 私が朝日鉱泉に戻り、この仕事に携わるようになったのがちょうど10年前の6月。久しぶりに戻ってきた朝日鉱泉で、せっかく身につけたそば打ちの技術を活かして、昼食の手打ちそばの営業をしようと地下室にそば打ち場を作ったりしている頃でした。「釣りの常連さんが泊まりに来る」と言われ、どんな人なんだろうと思っていると、写真の通り、いかにも温和で優しそうなKさん。やさしい語り口で、低姿勢。息子の私が帰ってきたということを大変喜んでくれました。そば好きだということで、そばを出すと、こちらも美味しい美味しいと喜んで食べてくれました。

 Kさんは毎年、春と秋に1泊~2泊していきます。大ベテランですので、朝日鉱泉周辺の川は知り尽くし、自分だけのポイントをいくつも持っていて、毎回状況に合わせて場所を選び、数時間で必ず何匹か釣ってきます。そのあとはKさんがうちに置いている炭焼きセットで炭を起こし、釣ってきたイワナを2,3時間かけてじっくり焼いて、夕食で食べたり、骨酒にして堪能します。最近は父と昔話に花が咲き1時間でも2時間でも酒を呑みながら楽しそうに話しています。

▲塩の振り方も上手で見てるだけでよだれが…
▲塩の振り方も上手で見てるだけでよだれが…
▲炭火で遠赤外線でじっくりじっくり。ガスで焼くのとは全くの別物に。
▲炭火で遠赤外線でじっくりじっくり。ガスで焼くのとは全くの別物に。

 毎回この同じ一連の流れなのですが、これが本当に楽しそうで、実際楽しいのだそうです。炭を調整し、徐々に徐々に焼けていくイワナを見たり、においをかいだり(骨の髄までしっかり焼けると、イワナはわらの臭いがしてくるのだそうです。実際本当にワラの臭いがしました。)、そして我々と近況や川や海や釣りの話をする、それが楽しく贅沢なのだと言ってくれます。

 そしてKさんは、朝日川での釣りが永続的に続くことを願い、決してたくさん釣りません(今回の7匹はかなり多い方で、大抵は3~5匹程度でやめてきます)。自分が食べる分くらいで十分だと、3匹も釣らせてもらえれば十分楽しいと。朝日川本流の奥にある朝日俣沢と黒俣沢を禁漁にして資源(魚数)を回復させようと行われている取り組みにも賛同し、しっかりとした回復を待って開放すべきだと言っています。

 ご自分の「釣り」という趣味に対して、釣った魚の量や大きさを楽しむのではなく(大きさは多少あるかもしれませんが)、その前後、自宅から朝日鉱泉までのアプローチや釣りに入る沢での移動、釣った後の焼きの作業、それをじっくりいただくこと、また自宅までの帰り、これらすべての行動を含めて「朝日鉱泉での釣り」として楽しんでいただいている姿は、何よりもありがたくうれしいことです。

▲朝日鉱泉本棚に置いてあります
▲朝日鉱泉本棚に置いてあります

 そして、なんとKさんは、毎回の釣行を日記として残し、「朝日鉱泉釣り便り」の冊子として記録しています。釣りのデータはもちろん、前後の道中での出来事や朝日連峰の変化など、ここまで詳細に記録し残して下さっている釣りのお客さんは他にはいません。

▲昔の写真、旧朝日鉱泉の玄関も!
▲昔の写真、旧朝日鉱泉の玄関も!
▲朝日川、朝日鉱泉への愛着がにじみ出ている文章です。
▲朝日川、朝日鉱泉への愛着がにじみ出ている文章です。

 Kさんも朝日鉱泉歴40年になるわけですので、それなりの年齢になりつつあり、最近は「あと何年来れるかなぁ」が口癖になってきたような気がします。でも、Kさんの姿を見ていると、仕事でもなく、家族に関わることでもなく、心から楽しめ、没頭できる趣味があることは本当に羨ましく、これこそが「生きがい」なのではないかと思います。そして、その一端を朝日鉱泉が担わせてもらっているということに感謝し、朝日鉱泉がよりたくさんの方々に「定宿」としてもらえるよう努力し続けたいと思っています。

 Kさん、また秋の釣行の予約の電話が来ることを楽しみにしていますね。